投稿日:2007-06-08 Fri
5月26日夕、イタリア仏教協会(L'Unione Buddhista Italiana)主催のVesak(仏教の祭日)の催しで本『山川草木』の話をした。Vesakが今年はローマの市街地、ボルゲーゼ公園からそう遠くないところにあるノーメンターナ街道に面するヴィッラ・トルロニア(Villa Torlonia)で行われた。私の太極拳を通しての友人、マリア=グラツィア Maria Grazia (ヴィッラ・トルロニアの主任学芸員)の紹介で話がきた。彼女と私と司会者、3人による座談会形式であわせて2時間くらいの座だった。彼女が最初にこのヴィッラの建築について話をし、私が今回出版した本について話をした。ヴィッラ・トルロニアは13ヘクタールほどあるローマ市が保有管理する公園で、ローマ市の大公園のうちのひとつ。17世紀末から18世紀中ごろまでは、あのパンフィリ公園で有名なパンフィリ家が所有する農園地だった(当時のローマは市街地中心部を取り囲むように農園地が広く展開していた)。1760年にコロンナ家の所有になり、1797年にトルロニア家の所有になる。公園は大きく分けて二つの異なる様式でなっている。北部は最初の家主でこのヴィッラを購入したジョヴァンニ・トルロニアが整備したもので、イタリア庭園の伝統を踏んで軸対称で幾何学的な構成。南部はその次に19世紀に家主だったアレッサンドロ・トルロニアの趣味で、ジュセッペ・ヤッペッリ(Giuseppe Jappelli)という建築家が設計したイギリスの自然様式庭園の影響を色濃く示すロマン主義庭園(実際公園のこの部分にはロマン主義に特有の「作られた遺跡」が点在する)。
今回の催しの会場になったのは、このイギリス式の園の奥深くに建つ「ふくろうの館」(La Casina delle Civette)と呼ばれる館のアーケイド状になった建物の結節部の通路空間。この館は建築家ヤッペッリが設計したもので、最初「スイスの山小屋」をイメージして作ったらしい。その後「中世の村」のイメージで増築を重ね、第二次世界大戦時に英米兵士の破壊行為により大破されその後近年まで修復が進まなかったが、ようやく最近になって完全な修復が終わり、館と呼ぶに相応しい綺麗で「エキゾチック」な建物として今に伝えられる。話の中ではフリーメイソンの影響を受けた折衷主義建築だという言い方をしていた。私は時間がなく建物の中に入ることはできなかったが、外から見ると、急勾配の屋根、小さな窓、建物に囲まれた小さな通路空間が「スイスの山小屋」とか「中世の村」のイメージを伝えている。館の前にはイギリス様式の庭園の真ん中に人口の丘が増築されており、この館を視覚的にも心理的にも孤立させており、全体としてこの館に至る道のりは奥山に至る路のような演出が施されている。建物の小窓といい、光を絞り込んで取り込む手法(マリア=グラツィアの話は「光の建築」と題していた)は、日本の茶室・茶庭といかにも通じるところがあり、折衷主義というよりも「東洋の伝統」への参照さえ感じられる。
私は『山川草木』の本について30分ほどかけてゆっくり話をし、司会者や会場からの質問などに応じながらわりとリラックスしたいい雰囲気でプレゼンテーションができたと思う。今回はまったくの前準備なしで挑んでみたが、なかなかうまくいったのでうれしい。これで本のプレゼンテーションも5回目くらいになるので、こちらも心に余裕があって楽だった。会場には、チベット仏教の坊さんたちが何人かいて、ニコニコしながら私の話をきいてくれていた。「中世の村」の吹き抜けを心地よく駆け抜ける五月の風を顔に受けて、洋の東西を超えて「光の建築・静寂の庭」について思いを馳せることができ、なんとも気持ちのいい夕べだった。出版社のロレンツォも同席していたが、彼も私の語りに満足してくれた。余談だが、彼とそのあと食べたピアッツァボローニャのシチリア風グラニータ(カキ氷)も最高だった。
最後に、ヴィッラ・トルロニアの歴史について少し付け加えれば、20世紀に入るとムッソリーニが一時このヴィッラに住んだらしい(1925-1943)。そのときこのヴィッラの敷地は「スポーツ競技上」兼「戦下生産緑地」として利用され、芋、麦、葡萄を植えた畑が拡がり鳥や兎の飼育もしていたそうだ。ヴィッラ・トルロニアは1978年にローマ市の管轄する公園となって今に至る。
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投稿日:2007-06-04 Mon
今日は日本語の日本庭園についての本を一つ紹介したい。小松市の岩谷浩三氏が監修され、淡交社編集局編で最近出版されたきれいな本だ。岩谷先生についてはこのブログでも何回か紹介したことがあるが、私のローマのお茶の師匠野尻命子先生の長年のお友達で、御父上は茶道具を商んでいらっしゃったらしく、茶と文化財の目利であり茶人、しかも茶庭もお作りになったという方で、浩三氏はその御子息。彼も茶人にして庭師。昨年『山川草木』の本の執筆のために小松市の岩谷先生のもとにお邪魔し、いくつか作られたお庭も見せてもらった。とても優しく、もてなしの気があふれる庭が多かった。有馬の瑞苑というホテルの庭は大胆にして繊細、しかも実にモダンで粋ないい庭だった。この『茶庭・小庭づくり 施工プランと実例21』という本は茶庭(露地)を中心にその基本的考え方、露地の分類、構成要素と説明が進み、後半は実例が豊富。何よりも魅力的なのは綺麗にカラーで描かれた平面図や詳細図。そして写真もとても美しい(特に岩谷先生の御父上の作られた庭、天厳居という茶室の露地の写真はお見事)。ヴィジュアルにここまで上手に仕上げられた庭園のマニュアルはこれまでなかったのでは?と思う。全部で90ページ程のどちらかというと小ぶりな本だが、とても暖かい感じがするし、大事にいつでも近くに置いておきたくなる本である。また「お茶事を通して露地を知る」という箇所は、露地をどのように使うかが写真付で解説され、大変分かりやすい。トリノ大学の講座でこの本を紹介して内容も引用して授業したら、学生さんから評価がとても高かった。ぜひイタリア語か英語に訳してくれ!という要望が多かった。
プロ・アマどちらも参考にできる、見ても美しい、使っても便利というとてもいい本だ。淡交社編集局編 『茶庭・小庭づくり 施工プランと実例21』 淡交社、京都、2006年。ISBN 4-473-03337-6。1900円。
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