投稿日:2016-06-29 Wed
味わいのある御庭を手入れさせていただくのは本当にありがたいことです。そして御庭だけでなく、それを取り囲む建物がすばらしいとき、さらに、それを維持しておられるご主人の人となりがなお一層すばらしいとき、私はこの仕事(植木屋)をしていてほんとうに幸せに感じます。
この朝日館という旅館もそんなところです。川上村にあり、明治14年から大嶺山系の登山客をもてなしてこられました。

こんな旅館がまだ日本にあったんだ!と、最初お邪魔したときに感動しました。私が知らないだけで、日本にはこんなすばらしい旅館がまだたくさんあるのでしょうね。。
大正硝子を通して部屋から眺める御庭は、手入れの良し悪しとはまた別の次元で、本当の意味で心を癒してくれる御庭です。

山を歩いて発見する大自然の景色とはまた別の自然がここにはあります。それは、人の手が自然の力を借りて、自然をより一層おもしろいものに組み替えたような、そんなもの。自然相手に、でも自然の野生のままではなく、どこか自然を御するというか、自然にお化粧をほどこしたというか、そんな感じ。大自然を歩いた旅人が、屋根の下、ほっとするためには、こんな庭が必要なのでしょう。
女将さんの話では、この庭は、その昔、牛車で川から石を引っ張り上げてきて作り上げたということです。斜面を利用して組み上げられた石は、しっかり据えられています。その合間を飛び石階段がリズムよく上がっていく構成。
この庭のすごさはまだあります。

その醍醐味は、実は旅館の表玄関から入ったときに、最初階段の吹き抜け越しに、上を見上げる先に庭が見えてくることです。階段に吸い込まれるようにして上がっていくと、そこにこの斜面に築かれた庭がドラマチックに出現するのです。


天上の庭。。。
Heavenly garden....
庭が訪れるひとのこころを掴む、というのはこういう瞬間でしょうか。
ここでこころを掴んでしまえば、実際の庭の少々の”あら”は何でもない。これは庭づくりにおいてとても参考になります。庭というと、何かとそのディテールが気になるものですが、このような大胆な演出も大事だと思います。ただそれは、庭だけでなしえるものではありません。あくまで、建物と庭が一如となってなしえることでしょう。
そして、不思議とこういう庭では、サツキや真柏や槇の刈込が、いかにも”自然”に見えるのはおもしろいものです。いうまでもなく、ここは川上村の深い谷、山々に囲まれた場所。このような山あいの地では、庭は自然を凝縮してこそその存在意義があるのです。刈込もその凝縮のひとつのテクニックだとあらためて思います。
「がんばって維持していってください!」
私はそう女将さんに毎度お願いしています。なんとしても、末永く旅人をもてなし続けていただきたい旅館です。
(つぎ、イタリア人のガーデナーさんたちに日本の庭を案内する機会があれば、この庭ははずせないだろうな――)
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