投稿日:2017-12-31 Sun
今年も今日でおしまいです。本年も多くの方々にお世話になりました。ご協力頂きましたすべての方々、ご指導ご支援くださったすべての方々に、こころよりお礼申し上げます。
今年は春からスウェーデンで庭づくりをする機会を頂き、学ぶこと感じること多大でした。海外で庭をつくることの醍醐味と難しさを両方感じました。
秋には恒例となったイタリアのモンツァ農業学校での授業。二週間にわたる講義は大変そのものでしたが、教えながら学ぶ、その通りだと思いました。
そして造園工事を通して、石を扱うことの面白さをさらに実感した次第です。
今年は、日本の庭というものに一貫して存在する美意識みたいなもの、それをこれからも探求し続けたい、と思う機会がたくさんありました。地形、石組、植栽。。。そういうものの兼ね合いのなかで、その一貫した美意識はなんなのか。幸い、このブログでも紹介しましたが、イタリア人の生徒さんとの交流ややり取りのなかで、それを探求していくためのすばらしいヒントのようなものが見つけられるというのも分かってきました。やはり、日本のことを知るには、日本を普遍化することも大事なのではないでしょうか。つまり、日本の美というようなものを世界に通じる美として位置づけること。海外で庭をつくることもその探求の一環です。
そして最後に、それぞれのそれぞれにすばらしい御庭の手入れに、この私を庭師としてご用命くださっているお客様各位に、本年のお礼を申し上げます。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。御庭がますますいい庭になりますよう、私も精進させていただきます。
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投稿日:2017-12-13 Wed
それはまたとってもいい話でした――。3年前にご主人をなくされたというお客様。亡きご主人は植木をこよなく愛する方で、おうちの庭木をご自分で丁寧に手入れされていたとのこと。
そしていま畑に残された一本の松。ご主人が逝去されて後、3年間放っておかれたこの松は、枯れ葉がたまり、光の入らない懐は枝ごと枯れ、幹には苔が貼りつき、生きるか死ぬかの瀬戸際というような状態。
「この松はどういたしましょうか?」
「そうなー、どうしよう。もう伐ってもらってもええんやけど、、、でもなぁー、主人が大事にしてたと思うとなぁー」
「それではとりあえずどんなふうになるか、手入れてみますわ!」
というわけで、作業開始。
てっぺんをやって、二段目をやってる最中に、徐々にわかり始めました。この松、きちんと手入れされてたんだなぁー。
それはまるで発掘作業。前のきんとした枝ぶりを発掘していくような面白い作業。
そして作業が進めば進むほど、見る見るうちに、かつてのかっこいい松に回帰していくのです。
作業終了。
「わぁ、見違うようやー」 と奥様は大喜び。
而して、畑仕事をされる奥様の傍で、きれいになった松(ご主人の現身)が寄り添うという素晴らしいストーリーができあがったのです。庭木を介して語られたひとつのラブストーリーなのです。
「伐ってしまわんでよかったわー」
ほんまにその通りです。チェーンソーで伐り倒すのはものの1、2分でできる話。
思い入れのある木はそう簡単に切り倒すべきではない。たかが庭木、されど庭木。そして、さすが松という木。松ってほんとうにすばらしい木ですね。
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