投稿日:2019-05-13 Mon

菟田野宇賀志の日張山青蓮寺の藤棚です。
3年前に朽ちた古い棚を撤去して一新した藤棚です。今年も藤をいい感じで支えてくれています。
藤棚といえば往々にして棚ありきのような藤棚があるものですが、ここでは、あたかも山藤が背後の山からググっとせり出してきた、というような風情を出せないものか、「これぞ藤!」といえるような演出はできないものか、と思案したものです。大宇陀~吉野あたりの山の中の道を車で走っていると、山の斜面からせり出して咲いている藤の蔓枝があちこちで目立ちます。そんな感じを庭のなかで再現できたら。。。というわけです。
結果、藤棚というよりは、藤の支え、というかたちになり、こうしてみると、デザイン意図は功を奏したかな、と思っています。
支柱は、それ自体が主張するものであってはいけません。無理やりという支え方もいけません。支えらるべき主人公の「らしさ」みたいなものをより効果的に醸しだしてくれるような支えでなければ。人形劇の人形の姿態や動きをつくりだす支え(棒)みたいなものでしょうか。
そんなことを思うと、普段の植木の支柱の仕方にも工夫や気配りは大事だとわかります。
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