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  S A C H I M I N E

Author:  S A C H I M I N E
世界の庭を見渡して考えたい―ほんとうにいい庭ってどんな庭?お客さまのよりよい暮らしに貢献する庭づくりをめざして、日本とイタリアの長~い歴史と深~い文化と豊か~な自然をインスピレーションの泉とします!。。。でも現実は暑さ寒さ虫と戦う植木屋の毎日でございます― (っ^-^)っ゙
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チェコのギターリスト作曲家 ステファン・ラック
ステファン・ラックというヒューマニスト音楽家を発見した。

8月上旬私はひとつのクラシックギターのコンサートに深く踏み込んでいた。私の先生ピエロ・パドアが8月上旬にセルモネータ(Sermoneta)というラツィオの小さな街でクレモナのマエストロ、ジョバンニ・プッドゥがコンサートをするはずだ、と私に教えてくれたのがそもそものきっかけだった。さっそくインターネットでこのコンサートについて検索した。その結果分かったのは、プッドゥのコンサートは或るクラシックギター祭りのコンサートの一環であるということだった。私はさっそく主催者のもとに電話した。どうやらプッドゥのコンサート自体は中止となったらしい。私は祭りで招待されていた数人のギターリストの名前に目を通した。私の知っているギターリストはわずかひとりだった。

祭りの二日目の夜、私は思いきってセルモネータを目指した。チリ人の若いギターリストカルロス・ペレス・ゴンザレス(Carlos Perez Gonzales)のコンサートを聴くためだ。高く築かれた城壁の門をくぐりセルモネータの古城の境内に入ると、そこには二本の樫の大木が生えている。その向こう、照明で照らし出されたつきあたりの石作りの建物の中で彼はギターを弾いた。広い境内の土間の中央には古い井戸が据えられている。城壁で囲まれた境内からは深い夜の闇が頭上に広がっていた。彼は甘く美しい音色をセルモネータの古城に響かせた。私たち聴衆はその深くやさしい確かな音色に酔いしれ、外で意気盛んに鳴く蝉の一群のこともしかと忘れたのだった。この重い歴史をたたえた古城、夜の闇、しんしんと響く蝉の鳴き声、照明で照らし出された石の古屋、それらすべてがこの若いギターリストの澄んだ音色をくっきりと浮かび上がらせ、私たちをひときわ別の時空へとつれていった。


セルモネータは鉄道のラティーナ(Latina)駅の北10キロ、高い丘の上に位置している。コンサートの始まる前、会場入り口でチケットを切るひとりの女性がいた。名前をアントニエッタ(Antonietta)という。私ははるばるローマからやってきたひとりのギター愛好家(dilettante ディレッタンテ)であること、今夜セルモネータへはラティーナ駅からタクシーでやってきた旨話をした。すると彼女はそれは大変でしょう、それなら、と今度からラティーナ駅まで来ればそこからは私たちが車でコンサート会場に連れていってあげられるだろうと親切な提案をしてくれた。私はこの優しい提言を素直に受け入れた。その夜はコンサートに来ていた彼女の義理の弟の車でラティーナ駅まで下山した。どうやらこのコンサートは4人の兄弟を取り巻く家族ぐるみで主催しているらしい。家族の姓をラポーニ(Raponi)という。兄弟4人のうちひとりがアントニエッタの夫アルベルト(Alberto)。もうひとりがギターリストでこの祭りの芸術監督をしているステファノ(Stefano)。もうひとりがこの夜、車で送ってくれた弟。もうひとりは神父さんになったという長男だ。

こうして幸運にもセルモネータの夜を契機に一週間のギター三昧が始まった。

祭りの三日目の夜はテッラチーナ(Terracina)というローマの南100キロ、海岸に面した街で双子のカトナ兄弟(Katona Twins)の演奏を聴きにいった。アントニエッタの提案どおりラティーナの駅までは電車を使い、そこからアルベルトの運転する車でテッラチーナへ向かった。テッラチーナは2000年以上の歴史をもつローマ人の作った街だ。海岸から坂を上った高台に古い街区(Centro storico)がある。この中心部には2000年前に敷かれたというトラバーチンにのマッシブな石が敷き詰められたピアッツァがいまでもそのまま残っている。その傍らには無造作にローマ建築の柱の欠片がころがっている。突き当りには自然に色あせたオレンジと赤で配色された教会が建つ。今晩のコンサートはこの教会だ。ピアッツァに面して二、三のカフェがあり頑丈な白い敷石の平場にそそくさとテーブルと椅子がこぼれ出ている。夕方の薄明かりのなかで街の住人と見える人々が飲み物を前に会話を楽しんでいる。子供達が2000年の歴史の上で無邪気に駆け回る。我々がピアッツァに到着したのはそんな夕暮れ時だった。一つのテーブルを囲んで芸術監督ステファノとその妻アンドレア、昨日演奏したカルロス、三日後に演奏することになるステファン・ラック、この祭りの広報を担当したジャーナリスト、ピエトロとその連れアントニアがすでに談話していた。その輪の中に私も自然に誘われるまま溶け込んだ。

双子のカトナ兄弟は完璧に演奏した。欠点一つない、まさに完璧という演奏だった。しかし私の心に響くものを彼らの演奏は提供してくれなかった。ただ落ち度のないなめらかな曲の数々が教会の天蓋のなかに消えていくだけだった。これを音楽とは呼ぶまい、そう思った。

三日飛んで祭りの六日目、ロッカゴルガ(Roccagorga)という丘陵地帯を深く入りこんだ尾根に位置する田舎街でステファン・ラックのコンサートが行われた。この日もラティーナ駅からアントニエッタとアルベルトの車でロッカゴルガまでたどり着いた。街の中心は幾分シチリアの南東部のバロックの町を彷彿させる。丘の尾根部に築かれた街の中央に確かな軸が通っている。軸は尾根の長手と一致しているようだ。軸の一端に今夜のコンサート会場である教会が一番高い位置にそびえ建ち、その前には噴水が設けられ、その下に腕を広げた形で広場の外周を形作る擁壁が伸びる。軸の反対側の端にはファサードが注意深くデザインされた公営住宅が位置し、その前には植栽を配した前庭通路が広場に向かって踊りながらなだらかに下っている。軸の両端から真中の広場に向かって降りてくるという街の地勢である。広場の周囲にはいつものように数件のカフェがあり、老若男女でにぎわっている。辺りはもう暗い。このローマから遥か遠くの谷あいの街でも人々のたくましい生活が存在する。

ステファン・ラック。ギターリストであり作曲家。この芸術家を知ったのはこの夜だった。聴衆は教会のファサードにどっしりと構えた階段をゆっくりと上り、大きく縦長に開いた教会の扉をひとりずつくぐっていった。中は照明が押さえられ薄暗いなかに柱と祭壇が浮き上がっている。ラックが登場した。彼は熊のような大きな身体にギターを抱き、一曲目にしてそのまま私を北欧の白い大地へ飛遊させた。いくつかの演奏で彼は口笛を吹き、声による表現も取り入れた。題目はすべて自分の作曲した曲だった。彼の音楽に私は白い大きな大地と天へ向かってそこから伸びゆく大木の姿を幻想した。ある曲は深く大きく、ある曲は遊び心豊かに。聴衆はしんとして彼の演奏を聞き入った。曲の終わりの幾重にも響く拍手が対照的だった。会場のプロのギターリストたちからは彼の演奏についてしきりと「特異だ」ということばがこぼれていた。確かに特異ではある。しかし特異であるというよりは、包容力のある力強さが彼の音楽を特徴付けていたと私は思った。音楽が空気の振動による作用であるとすると、私たちを取り巻くこの空気をギターによってこれほどまでに「雰囲気」に変えられる彼の才能はただものではない、と私は感じた。

この夜はラックの誕生日だった。8月6日。祭りの主催者ラポーニ家の一族と広報担当のピエトロとでコンサートのあとディナーの席が設けられた。教会のすぐ脇の地味なレストランである。外にテントを張ったテラスで十人ほどがテーブルを囲んだ。ラックは英語を話す。皆は私を伊英の通訳に抜擢し、ラックの隣に座らせた。光栄だった。次々と料理を載せた小皿がテーブルに出、美味な白ワインがラックを感動させた。「すばらしい、すばらしい」彼はことばを重ねた。やがて頬を幾分赤らめたラックは自分の音楽哲学について語り始めた。

「私はどこでギターを弾こうが構わない。バールであろうが通りであろうが公園であろうが、私のギターを聞いてくれる人々を自分の音楽で感動させることができればそれでいい。私はあるときチェコの牢獄の独房で、9人を殺害した経緯で終身の囚人となっている男のために演奏したことがある。私の国には死刑がない。どんな極悪な人間でも終身刑で一生を牢屋で過ごす。私はこの男の目の前で私の作曲した曲のいくつかを演奏した。演奏が終わるとこの男は私に近づき、私の肩に持たれかかって泣いた。そして言った。『もし私に小さい頃、貴方の醸し出すような音色を弾いて聴かせてくれる父親がいたならば、私はこんな大罪は犯していなかったと思う。。。』」

これがラックの音楽の力である。私は必死でこの話をイタリア語に通訳した。私は感動のせいか声が震えた。ラックはギターリストである。音楽家でもある。芸術家である。しかしなによりも彼はヒューマニストであると私は思う。
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人。。 | 06:01:47 | Trackback(0) | Comments(0)
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