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  S A C H I M I N E

Author:  S A C H I M I N E
世界の庭を見渡して考えたい―ほんとうにいい庭ってどんな庭?お客さまのよりよい暮らしに貢献する庭づくりをめざして、日本とイタリアの長~い歴史と深~い文化と豊か~な自然をインスピレーションの泉とします!。。。でも現実は暑さ寒さ虫と戦う植木屋の毎日でございます― (っ^-^)っ゙
ホームページはこちら:www.sachimine.com

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歴史と大気―ヴェネツィア
クエリーニ・スタンパリアを出ると太陽が傾きつつあった。ふとした気持ちから、カステッロ地区の公園へいって太極拳をしたい、と思いついた。気功はその場のありとあらゆる気――大気、空気、雰囲気――を感じることから始めるというが、ヴェネチアの気とはどんなものだろうか。そこで気功をしたらどんな気が感じられるか。ラグーンの気と一体化するとどんな気持ちがするのか。そんなたわいもないことを思いつき、はて、気功をするにはヴェネチアのどこに行ったらいいのか、考えた。緑の多い、水辺に面した光の多いところ――。カステッロ地区のジャルディーニがいい。ヴェネツィア建築ビエンナーレが開催される公園付近だ。


カナーレ・サン・マルコへ向かって小さな運河に架かる太鼓橋をいくつも越え、迷宮のような小道をいくつも曲がりくねる。ある大き目の太鼓橋にさしかかったとき、橋の頂上からこちらへ降りてくる一人の老紳士があった。75歳前後だろう。片足が悪そうだ。こちらに微笑んでくるのでこちらも笑みで応えた。すれ違う瞬間、少し話しようよ、という彼の出した信号を感知した。
「足が悪くてな。こんな橋をいくつも渡るのは大変だよ。」
「それは大変でしょう。」
「俺はここの裏に住んでるんだ。これが最後の橋だ。もう一息だ。」
「ここにお住まいなんですね。ヴェネツィアのど真ん中ですね。」
「いやー。昔はな、もっとすごかったんだぞ。最近のヴェネツィアはもうだめだ。もうヴェネツィアは過去のものだ。」
「どうしてですか?」
「もう若い人にはわからんだろう。若い衆はとっとと出て行っておる。もう年寄りしかおらん。見てみろ、この建物。ここにも去年までおばあさんが住んでたが、亡くなって今はもう空っぽだ。新しく入る人もおらん。こっちの建物もそうだ。」
「ヴェネツィアの街を維持していくのは相当の苦労ですね。」
「知ってるか、若僧。ヴェネツィアの石の一つ一つには長い歴史と物語があるんだ。この石にも、あの石にもな。」といって、老人は橋の欄干の石、踏段の石を指す。
「お前、ヴェネツィアの空地のことをなぜカンポ、というか知ってるか?」
「もともと草地だったから、空地の広場というほどの意味ですか?」
「違うわい。」少しいたずらそうな目をする。「昔は貧しくてのぅ。しかもこんな場所じゃ土地がないだろ。だから、家の裏の空地に死んだ人を葬ってたんだ。だから墓場ってことさ――。」
老人は話をするうちにますます血色がよくなっていく。誇りにも満ち始めた。石一つ一つが物語をもっているヴェネツィア。だからこそ文化財として保護する価値があるのだ。しかし現実には激しく空洞化しつつある町。文化財という対象になる以前に、かつてはここにも死と隣り合わせで営まれた日々の生活があった。あるのは日々の生活だけだった。日々の生活の積み重ねが歴史を作り、それが石に刻まれ、今に残るわけだ。しかしこの町を覆い尽す美はどこから生まれ、どうやって維持されてきたのか?これは、日々の生活を少しでも美しく生きよう、少しでも話題に満ちた(つまり物語に満ちた)生活にしようとして励んだヴェネツィア人の地道な生活態度なのではないか。逆を言えば、日々の生活が成り立たなくなった町には、いくら文化財保護を適用しても、それは生活の博物館を作ることは出来ても、新しい生活を生まない、つまり新しい歴史と物語を加え続けることができない、ということだ。そして歴史が止まり、物語が過去のものになる。「ヴェネツィアは過去のもの」と彼が言うのは、そういう含意があるに違いない。

カナーレ・サン・マルコに出た。右手に広いラグーンの水面を見ながら太鼓橋をいくつも渡って東へ進む。ビエンナーレのあるジャルディーニに到着した。木々の茂る公園の中に入ってみたがそこは割と閉ざされた雰囲気だ。高木に加えてたくさんの灌木が目隠しのように随所に植えられているからかもしれない。太極拳をするには少し閉鎖的で息苦しい。もう少し東へ運河を歩いて、パルコ・デッレ・リメンブランツェ(文字通りには「追憶」の公園)に到着した。ヴェネチアを泳げ鯛焼き君に見立てたとき、ちょうど尾ひれの下側の先端に近いところだ。そこは松の林が運河の水面近くまでせり出して、そのシンプルさと開放感が素敵だ。そしてこの松林は運河に対して西に開けている。夕方の太陽がそこに差し込んでいた。ここがいい。若い3人組みがジャグリングの練習をしていたり、犬を連れた女性が散歩したり、子ども連れの家族が散歩したり、まったく日常の光景だ。

傾く太陽を全身に受ける形で松林に立った。そこで気功をし、太極拳の型を演じた。運河の臭いがする。太陽は水を反射して水平に拡散し、自然光のヴォリュームが松林の空間を広い運河の空間と一体化させ、全体として一層広々としたラグーンの水平空間を統一する。これは1840年のヴェネチア滞在中にターナーが描きたいと望み、成功した主題ではないか。彼は空と水と建築のスカイラインがラグーンを蔓延する自然光のヴォリュームで一挙に大気化される様子を描いている。(例えば、作品『ヴェネツィア――ラグーンから見たジュデッカ島(Venice: The Giudecca from the Lagoon) 1840. The Tate Gallery. London』。)

ヴァポレットが通過したときに起こす水切りの波が護岸に到着し、カポッ、カポッと護岸を打つが、こんなに護岸近くに体を「開いて」立っていると、そのくすぐるような振動が伝わってくるようだ。地面に水の音が反響する、それがヴェネツィアの気を動きあるものにしている。そういえば、私の友人であるイタリア在住のアメリカ人オペラ歌手があるとき私に語ってくれたことを思い出す。
「ヴェネツィアの劇場で歌うと音響が違うの。まわりすべてが反響する感じなの。」
私自身にも心当たりはある。8年前ヴェネツィアに初めて来た夜、床についてまどろんだころ、半開きにしておいたホテルの窓から深夜に聞こえてきた街の音――。それは、反響というコトバそのものだった。ホテルの下を通り過ぎる二人組みの男の話し声、踵の音、そしてどこからともなく聞こえるチャポン、チャポンという響き。このような反響を寝床で耳にしていると、イメージを喚起する手段としての視覚への依存と期待は消え、聴覚のみで様々なイメージが浮かんでくる。浮かんでくるイメージをベッドの中で楽しんでいるうちに、また眠りに就く。この反響音が著しいのは、ヴェネツィアが木杭の上に建ったオルゴールだからかもしれない。

太極拳の型を終えてふと水際に目をやると、先ほどこの公園へくる途中に追い越したなんとも放心した様子だったスラブ風の若い女性が、人魚のように水際に座って相変わらず放心して運河を眺めている。水というのは、そしてヴェネツィアというのは、人間にこんな時間を与えるものなのか――。

太極拳の別の型を演じた。犬を散歩中だった女性が、そこのベンチに腰掛けて犬と一緒に私の型を凝視しているのに気が付いた。松の影がますます長くなって、松林の地面の芝生が緑のシマウマのようだ。型を終えた。もう一度運河のほうに面して、大きく呼吸して目を開けた。

人魚の女性はどこかに消えていた。
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| 08:21:58 | Trackback(0) | Comments(0)
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