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  S A C H I M I N E

Author:  S A C H I M I N E
世界の庭を見渡して考えたい―ほんとうにいい庭ってどんな庭?お客さまのよりよい暮らしに貢献する庭づくりをめざして、日本とイタリアの長~い歴史と深~い文化と豊か~な自然をインスピレーションの泉とします!。。。でも現実は暑さ寒さ虫と戦う植木屋の毎日でございます― (っ^-^)っ゙
ホームページはこちら:www.sachimine.com

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ジュスティ庭園 ~ ヴェローナ
ジュスティ庭園へは、アディージ川を渡る。その前に、川沿いの半円形劇場にも立ち寄った。オリジナルでは、川に対しファサードを持ち、後ろに半円形の劇場を丘の斜面に向かって築いた形態となっていた。いまでは、川に面した建屋はいくらかの円柱を残して跡形もなく、アスファルトの車道が川縁を走り、劇場遺跡は川とは分断されている。劇場の中に入ってみた。半円形の観客席を上る。それは背後の丘を登ることを意味する。客席の頂上に近いあたりで振り向いた。目の前にアディージ川がしなやかに蛇行して右から左に流れ、その先に旧市街が眺められる。ちょうど、ローマのサンタンジェロ城に登れば眼前に流れるテヴェレ川がこのように見えるだろう(この場合、テヴェレ側は左から右に流れるが)。ヴェローナは小さなローマのような様相だ。もともとはローマ人が築いた北の町であるから、そういう形容も全く外れてはいないだろう―。


客席の勾配を提供している丘は石灰石の岩山らしい。大雨時に観客席に水が注ぎ込まないように、岩塊と客席の境目に縦の排水穴を堀って水を地下まで導いて排水するなど、エンジニアリングの配慮も美しい。岩山を掘り抜いて作られ現在博物館として公開されている建物は、以前は修道院であった歴史を持つようだ。修復され、小奇麗な博物館となっている。小さなキオストロがあったが、薄暗く背丈の低い回廊の中央の小さな箱庭に冬の残光が注ぎ込み、そこに咲く二株の紫がかった山茶花がひときわ美しい。回廊と繋がった平屋の木造建屋に入ると中は暖かな静寂感で満たされており、木造建築の素朴さが身にしみてくる。フィンランドの建築家アルヴァ・アールトはイタリアの建築に大きな影響を受けたというが、私が彼の例えばSaynatsaloの町役場の内部空間や中庭に独りで逍遥したときの印象などは、この元修道院のキオストロを取り巻く建屋をめぐり歩いた今日の印象と非常に似通っている。

半円形劇場をあとにしてまた川沿いの車道を歩いた。途中ロマネスクの教会のファサードを見たあと、道は川沿いを離れ、少し内部の丘の麓に近いほうへ入って続く。15分ほど歩き丘の麓ののどかな住宅街に入り込んで少し道を迷った。行きすがりの人に道を聞くなどしてやっとジュスティ庭園に辿り着いた。パラッツォ(邸宅)の門を入ると、正面に高さ5mほどの壁が見え、庭園へ続くルネサンス様式コーニスを持った門が左右二つ開いている。そこを潜ると荘厳なイタリア庭園が出現する。

歴史的イタリア庭園では、地割と地盤と壁や段などの構造物や彫刻などの置物はその素材が主に石であるため、初めてその庭が作られた当初のものがその状態で残っている可能性は大だ。しかし、日本庭園でもそうであるように、植栽については特に長生きのものでも100年~300年がやっとであり、多くの植物は何回も植え替えがなされるのがふつうである。その中でもボックスのようにイタリア庭園の中でももっとも地割と寄り添って庭の構成(デザインの骨格)を形作るような植栽は、それが大幅に改編されると、当初の庭の趣を大きく変えてしまうことが多い。ジュスティ庭園の目玉はなんといっても中央を突っ切る参道を両側から挟んで並木をなすイタリア糸杉であろう。この参道は庭のシンメトリの軸線をなしており、20mを越すような糸杉に挟まれて丘に向かってなだらかに登っていく様は、邸宅の中央部のバルコニーから見ると一つの壮大な景色であることだろう。この糸杉がどのくらいの年齢かということにすぐに想像が及ぶ。並木をなす糸杉の中には背丈も幹の太さも他に比べて貧弱なものがある。それらは、かなり近年に植え替えされたものに違いない。入り口の門に一番近いあたりに、ゲーテの糸杉というのがある。ゲーテが1786年9月17日頃にこの庭を訪れて、糸杉の花がついた枝を採りヴェローナの町でそれをもって歩いていると、町の人々が珍しそうに見た、という話である。ゲーテのイタリア紀行を読むとそんなことが書いてある。ゲーテもその糸杉の年齢について思いを馳せ、庭の造営年代から察するに樹齢300年は閲するだろう、といっている。ゲーテがイタリア紀行を著してから220年。ゲーテの想像が正しいとすれば、これらの糸杉が500年の樹齢を数えることになるが、はたして並木をなすうちの最も天まで近いものたちは500歳を数えているのだろうか。屋久杉の1000年の半分しか至らないが、500年という歳でさえ畏敬の念を十分に抱かせる。

糸杉並木の両側は、高さ50cmほどで刈り込んだボックスの幾何学庭園である。幾何学図形の頂点をなす部分に白い彫刻が数多くおかれており、それがパースで眺めたときに庭全体の奥行き感を出すのに貢献している。糸杉道を丘に向かって進むとまず目に入るのが突き当たりの小山の頂部ににこちらを見て開く怪物の口だ。かつては火を吹くこともあったという。イタリア庭園はこのような冗談、遊びで満ちている。緩勾配の並木道から丘の中腹に入ると、勾配の急転を消化するために道がジグザグになり、それがまた庭(を体験するもの)に別の振り付けを演出する。このほとんど雑木林風の丘を登る間、下方にボックスの幾何学を木の幹の間から垣間見るのであるが、これも一種のコントラストの遊びだろうか。しばらく歩みを進めると石の塔に辿り着き、その中に入って何気なく登ると(階段はぐるぐると回ってかなりの段数だ)高台の地盤に出る。林を出て、そこは高台の野のイメージ。リュウノヒゲ、ホスタなどの下草が植わった田舎風(ルスティック)な小道を行くと、先ほどしたから見上げた怪物のおでこに辿り着く。そこは展望台だ。眼下にこれまで辿ってきた庭園全体の構成が一望でき、しかも邸宅の建物全体が把握できる。そしてさらにその向こうにヴェローナの町並みが見え、遠くの山並みまで眺望できるのだ。こうして景色は「集め」られる。いつもながら地形を申し分なく利用して世界(景観)を支配するところはイタリア庭園の真骨頂である。そして、人間の世界から野生の世界へ向かって秩序立てた区画の展開を造形してみせる。遊びの要素――グロテスクもそのうちのひとつだ――も忘れない。日本庭園、例えば京都の詩仙堂などは地形を利用して景色を集め、世界へ向かって人間の住居から自然へ向かって造形を展開し、そして遊び心も随所に見せてくれるという意味で、イタリア庭園とは様式もまた造形の規模も異なっているが、そこに潜むなんらかの共通項を見出だすこともできるだろう。様式や自然観の違いを超えて、人類に共通の「庭園の思考」を問うこともまた大事なのだ。
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庭園 | 06:16:28 | Trackback(0) | Comments(0)
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