■プロフィール

  S A C H I M I N E

Author:  S A C H I M I N E
世界の庭を見渡して考えたい―ほんとうにいい庭ってどんな庭?お客さまのよりよい暮らしに貢献する庭づくりをめざして、日本とイタリアの長~い歴史と深~い文化と豊か~な自然をインスピレーションの泉とします!。。。でも現実は暑さ寒さ虫と戦う植木屋の毎日でございます― (っ^-^)っ゙
ホームページはこちら:www.sachimine.com

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー
■ブロとも申請フォーム
■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
樫に始まり樫に終わる
最初の修行先で、いつ初めて聞いた言葉なのか、「樫に始まり樫に終わる」。剪定は―ということです。あまりに箴言じみた言い回しなので、たいそう謎めいた響きだなぁ、と感じたことを覚えています。ですので、このことば、いったいどういう意味なのか、それからずーと考えています。樫を切るたびに。

もちろんだいたいどういう意味かはわかります。樫の剪定は初歩だよ、でも樫の剪定ほど奥深いものはないよ、だから最後は樫の剪定に行き着くんだよ、というような意味なのでしょう。

でも、です。それが言葉で、つまり頭でわかるのと、体でわかるのとではとてつもない差がある、というのはこれまた自明です。

このことばを最初に聞いたときから、いったい何本の樫を切ってきたのだろう。。。 

大した数じゃありませんね!

ただ最初の修行先では、樫の剪定をするのに枝一本、芽一つ、葉っぱ一枚というような細部にまで指導を受け、午前中四時間ずっと一本の樫の上に乗ったまま、というようなこともありました。二つ目の修行先では、いろんな大きな樫をたくさん切らせていただきました。どちらも非常に勉強になりました。

樫は木としてさほど色がない分、切ったあとの結果に切る人の色が色濃く出るのかもしれません。書は人なり、というようなことが、樫の剪定にも言えるのかもしれません。自分と木が、自分の腕(技術)と木の性が、どういうふうに接点を見つけられたか、あるいは見つけられずに終わったか、他の木を切る時より樫を切るときはより鮮明に見えてくる、そんな気がするのです。そこがかなりスリリング。剪定って面白い。なかでも樫の剪定は!

毎年伺っているお客様ですが、つい先日、大きな樫を剪定しました。

shin1.jpg
これは、も ち ろ ん 剪定前!

shin2.jpg
これが剪定後。

別の角度から、

shin3.jpg
剪定前

shin4.jpg
剪定後

shin5.jpg
お隣のモチノキとセットで

この樫は、3年前に初めて手を入れました。その前は刈り込むように玉にして切ってあったものが3年ほど放置されていたため、爆発寸前!の状態でした。それを少しずつほぐし、ほぐし、やっと木らしくなってきました。そして落ち着いてきました。

8mか9mかそのくらいあるけっこうりっぱな樫です。

樫に始まり樫に終わる。始まったばっかり?!の わ た く し

スポンサーサイト


植木屋のたわごと | 23:24:50 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad